中村家は、今から約500年前、護佐丸が、座喜味城より中城城へ移った際、
踊りや作法の師匠として、共に居を移した
「賀氏」(がうじ)が、先祖(宗祖)となるそうです。
護佐丸亡き後、一家離散の憂き目にあったが、
その後、再興し地頭職(庄屋)に任ぜられたそうです。
手前左の三基の石囲いは
フール(豚小屋)
手前右の屋根は
メーヌヤー(家畜小屋兼納屋)
中央が ウフヤー(母屋)
右隣りが 高倉(籾倉)
高倉(籾倉)
屋根裏部分に施された傾斜は
ネズミ返しの機能を
持つと云う。
トゥングヮー(台所)
当時から使われていた、台所用品が展示されています。
幼い頃に見覚えある道具ばかりです。(笑)
賀氏 後の中村家のあらまし(中村家資料より)
初代:比嘉 親雲上(ひが ぺーちん)
二代:仲村渠 親雲上(なかんだかり ぺーちん)
三代:まつ仲村渠 → 中村家住宅 建立
十代:中村 栄俊 → 戦後「中村」に改姓。 とありました。
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